自己破産からの復活

この物語は実話です。自己破産しても人生はやり直せます。

自己破産からの復活物語

第4話【内紛】去っていく仲間たち

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なんとか資金を集め事業を始めるも、思うように事業が立ち上がらず日々イライラが募りました。

当初の起業目的だったブログサービス運営はシステム購入から外注開発会社へのレベニューシェア契約開始まで半年かかり、そこから半年から1年はまとまった売上は期待できません。

それまではもう一つの事業であるウェブサイト制作事業でなんとか日々の運転資金を賄わなければならない状況でした。しかしそのウェブサイト制作事業もまた思うように行かず、仲間である起業メンバーとの軋轢が生まれるのでした。

 

 

 

受注するも入金されない

受注するも入金されない

 

元々、我々はインターネット広告代理業をメインとした部署に所属してた為、そもそもウェブサイト制作に関する知見があった訳では無かったのです。別部署で行っていた業務を見ていた、レベルの知識だったのです。

 

 

4人は見よう見真似で、ウェサイト制作請け負うための自社のHPを作り広告を出稿し問い合わせを待ちました。幸いなことに効果的なインターネット広告の出し方は知っていたのでお金を払って広告を出せばそこそこ問い合わせを取ることが出来ました。

 

問い合わせが来たら一度訪問をして打ち合わせ。そして契約をし実際に制作に入ります。契約後は提携している外部のウェブ制作会社が2、3社あったのでその会社へ依頼をします。クライアントと契約して作りたいサイトのイメージ、仕様を確認して外部の制作会社へ注文を出しますが、やはりクライアントの仕様はころころと変わります。外部のウェブ制作会社から一次案が上がってくるのは1、2週間はかかりますが、それを修正、また修正・・・と繰り返されるので、簡易的な5〜10ページのサイトを15万円程度で作るにも2,3ヶ月はかかるのです。そして納品し検収完了した後、クライアントから入金、という流れでした。

これで粗利は30%〜50%程度のビジネスです。ある程度サイト制作の経験がある人なら、こんな値付けや制作フローを組まないと思いますが、経験がなかった我々はすべて手探りだったのです。

そして、実際に問い合わせから契約をしても、制作が開始されないことも多々ありました。実際に訪問してその場では話が盛り上がり申込書をもらうのですが、その後クライアントの気が変わってしまうのです。

納品・検収後入金なので、いくら申込書を取ってきても実際に制作が始まらなければ売上が入金される見込みはありません。

 

にも関わらず、そこそこ問い合わせをとり、メンバーがクライアントを訪問し申込書をとり「今月は3件申し込みとりました!」「今月・来月で今5件の申し込み来てます!」といった数字が上がるものの、実際に製作開始して納品、入金されるのはこの半分程度でした。

この分まで見込んで会社運営考えなければならなかったのでしょうが、やはりビジネス経験が浅かった私はメンバーが言う報告・数字をそのまま信じ、その金額が2,3ヶ月後には入金されることを期待して経営をしてしまった為にあっという間に資金ショートを迎えることになります。

 

また代表取締役であった私の焦りから、メンバーへの厳しいプレッシャーを掛けすぎてしまい、中には空の申込書(嘘の申込書を自分で作成)を作るメンバーも出てきました。

数ヶ月前は熱い結束で起業した4人メンバーでしたが、その信頼関係は崩れていくでした。

 

 

飛び交う罵声

飛び交う罵声

 

「この申込はいつになったら制作が始まるんだよ!」「この案件ないつクロージングできるんだよ!」「この案件は来月入金できるんだろうな!もう資金繰りがいっぱいいっぱいだよ!」

 

私からのこんな罵声が毎日飛び交います。メンバーの中には空の申込書を作る人間や会社に来なくなるメンバーもいました。メンバーへの厳しい叱責、メンバー同士の喧嘩も増えてきました。起業して1年経たずしてもう組織としては崩壊しだしておりました。

私の精神状態もギリギリです。そんな状態でメンバーに給与を支払うのが本当に苦しかったのです。自己資金の大半は自分の貯蓄と自分名義での借り入れ、会社名で借りたお金もありますが、連帯保証人として入っているのは代表者の私です。別に会社が倒産しても私以外のメンバーは誰も借金取りに追われることはありません。

心の中では『お前らは気軽で良いよな。この会社だめになったら借金取りから追われるんだぞ』という感情でメンバーと接していたので、もはや組織として成り立つ訳がありません。

ついに1年経たずしてメンバーの一人が退職を申し出ます。

 

 

去っていく仲間たち

去っていく仲間たち

 

起業メンバーの一人から退職の申し出を受けた時の私の正直な気持ちは「ほっとした」というのが本音です。

1年も立つ頃にはもうメンバーとは顔を合わせるのは苦痛で代表者の私が出社拒否寸前でした。更にメンバーに給与を払うお金もわずかしかありませんでしたので、社員側から辞めたいと言われたときは「ほっとした」というのが正直なところです。

 

更にもう1名の社員もすぐに退職を申し出てきます。もう次の会社への就職が決まっているようでした。若いメンバーで元々は大手のインターネット企業に務めていたので、同じ優良な上場企業へ好条件ですぐに転職が決まったようです。

2名のうち1名は創業のときに出資をしていたので、その分の株を買い取る必要がありました。お金が無い私は退職するメンバーの株を買い取るに、またカードローンでキャッシングをして支払いを行いました。

 

これで残ったのは代表取締役の私と、取締役1名の2名となりました。

ブログサービスの立ち上げに一縷の望みを掛け、ウェブ制作で日々の運転資金をまかないながらの戦いはそれほど長く続きませんでした。

 

次回:第5話【恐怖】滞る借金返済からの取り立て

 

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金(かね)太郎

金(かね)太郎

2005年に起業したものの2008年に経営に行き詰まり借金地獄へ。その後逃走するかのように地方を転々とする。地方の中小ブラック企業で働きながら弁護士費用を貯め、2012年に自己破産をする。その後ホワイト上場企業への就職・結婚・出産、2016年についに念願のクレジットカードを手に入れる。 借金地獄から自己破産、そして復活までを余すこと無くご紹介いたします。

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