自己破産からの復活

この物語は実話です。自己破産しても人生はやり直せます。

自己破産からの復活物語

第1話【起業】自己破産の始まり

更新日:

自己破産への道はここから始まりました。

2005年2月私は起業をします。破滅への道の始まりです。

 

自己破産への道:調子に乗っていたマネージャー時代

20代も後半になろうとした時、私は大手インターネット企業に5年程勤務をしてました。2005年頃なので当時はサイバー○ージェントやライブ○ア、楽○といった会社が台頭してきた頃です。

私は20代でありながら大手インターネット企業のネット広告営業のマネージャーとして20人程の部下を率いていました。年収も1,000万円近くあり、正直調子に乗っておりました。

連日遅くまで働き、飲み会・合コン・キャバクラに行き飲み歩いてはタクシーで帰宅。その頃はいろんな女性とも付き合い、ローンで購入した高級(?)中古外車に乗りブイブイ言わせておりました。同時に5人の女性とも付き合ってました。最低ですね。当然その報いは後から来ることになるのですが。ゴールドのクレジットカードも何枚も所有し、キャッシング枠も300万円以上で設定してくれるカード会社もありました。

 

調子に乗っていたマネージャー時代

 

 

時代も追い風で会社もどんどん大きくなり私のチームの売上も数億円単位で増えていきます。「こんなに簡単に売上増えるなら自分でやったほうが良いんじゃないか」と思うように。

これが大きな間違いでした。会社の売上がどんどん上がるのは時代が良かったのと会社が良かったのです。決してイチ営業マネージャーによるものではないのです。

 

その後いろんな会社を転々することになりますが、このことを勘違いしている人が本当に多いのです。ちょっと営業成績が良いからと「俺が会社を伸ばしている」と勘違いしている人がたくさんいます。

売上がどんどんあがるようなある程度の規模の会社はその人がいなくても別に上がっていきます。自分一人で売上がどんどん上がる、なんてことは絶対にないのです。

そのサービスを作った開発者・エンジニア、管理部門など様々な人達が協力しあって出来上がっているのが売上なのですが、多くの人が勘違いをして、少し結果を出したからといって「会社の売上が上がっているのは自分のおかげだ!」と勘違いをします。

 

20代の私も完全に勘違いをし、独立を決意するのでした。

3名の部下を誘い、2004年の暮に退職届を提出し2005年年初に会社を立ち上げることにしたのです。

 

少ない資金での起業

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その当時は年収こそは高かったのですが、毎晩飲みあるいてはタクシーで帰宅していたので貯金らしい貯金が殆どありませんでした。都内でそれなりの車を駐車場借りて乗り回すとなると年収1,000万円くらいでは全然駄目なのです。

ボーナスが1回200万円近く出ておりましたので、僅かな貯金とボーナス1回分を設立資金へ。3名の部下からも資金を集め500万円ほどを集めました。しかしながら全然たりません。

そこで知人の会社経営者にもエンジェル兼社外取締役として入ってもらい300万円程出してもらいました。

合計800万円。私も含め4名(+社外1名)での起業

 

ちなみに何の事業を行ったかというと、インターネット広告代理業とホームページ制作、SEO(その後本格化)、そしてブログサービスの運営です。

当時2004年あたりからブログが大流行しいろんな運営会社が立ち上がっておりました。多少後発ながら、ジャンルに特化したブログサービスを運営すれば勝機があるのでは、と思い勝負に出るのでした。

 

いずれにしても資金が全然足りません。当時は第二次インターネット・バブルでもあったので出資を検討してくれる会社・個人は何人かおりました。実際の所、会社設立前に某上場企業からの子会社の話もありました。

しかしながら当時イキっていた私は上場企業の子会社にならなくても独自に事業を立ち上げられる、という根拠のない自信をもってしまい、その話を断ることに。

また出資したいという投資家もおりましたが、自己資金が少なかったのとこれ以上出資を受けると自由が効かなくなるのでは、とこれ以上の外部株主を増やすことを断りました。

「利益率が高いビジネスなので、借り入れ・融資でも大丈夫だろう」と甘い判断をしてしまうのです。

とにかく借り入れを増やすことにに。

 

とにかく借り入れを増やすのだ

 

 

とにかく融資をうけることを考えた

ブログシステムを開発かOEM提供を受けるか、いろいろな選択肢を検討しましたが、ブログサービス立ち上げで最低でも300万円、できれば500万円は必要に。

資本金800万円がそのまま開業資金だったので、これに後500万円は借り入れをしたいと思い色々と調べることに。

 

会社で融資を受けたことが有る人ならご存知だと思いますが、会社設立時にいきなり運転資金を融資してくれる銀行はありません。最低でも3年黒字を続けないと銀行は融資の検討すらしてくれないのです。

今ではいろんな事業コンテストでの資金提供や起業家への国の支援制度もありますが、当時はまだまだ少ない状況でした。

そこで当時、設立時の会社にお金を融資してくれるところといえば「国民生活金融公庫」です。(現:日本政策金融公庫)

ここであれば政府が国民のために運営している、ということもあり比較的少額ですが事業立ち上げ時でも低金利(1~3%?)で融資をしてくれる可能性がありました。当時は確か店舗運営系であれば最大3,000万円(記憶が曖昧ですが)規模、それ以外は自己資金と同額、というのが融資の目安でした。※私達は自己資金で500万円(外部エンジェル入れて800万円)でしたので、とりあえず500万円の融資が上限の目安

 

国民生活金融公庫

 

当然「政府が国民のために運営している」というコンセプトなので、問題なく借りる気満々で問い合わせをするのでした。

 

次回:第2話【融資】高金利での借り入れ 

 

 

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金(かね)太郎

金(かね)太郎

2005年に起業したものの2008年に経営に行き詰まり借金地獄へ。その後逃走するかのように地方を転々とする。地方の中小ブラック企業で働きながら弁護士費用を貯め、2012年に自己破産をする。その後ホワイト上場企業への就職・結婚・出産、2016年についに念願のクレジットカードを手に入れる。 借金地獄から自己破産、そして復活までを余すこと無くご紹介いたします。

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